初めて交通事故を見たのは三十年以上前になる。
道路に飛び出してきた女の人を乗用車がはねたのだ。
女の人はまるで柔道一直線の二段投げのように、
軽々と宙を飛んでいった。
その人がどうなったのかはわからないが、
その光景だけがぼくの心に焼き付いて、
今なお心の中で再現する。
時代は交通戦争真っ盛りで、
ぼくはその後も何度かそういうシーンを目撃し、
その都度その光景が心に焼き付いた。
最近は安全に対する教育が徹底されたせいか
人をはねるシーンを見ることはなくなった。
だけどそれに代わって
車同士の衝突シーンを見ることが多くなった。
そりゃ車同士の衝突だから見た目も派手で、
その損傷も酷いものだ。
しかしそういう事故では人が見えないために、
心に焼き付くことは滅多にない。
とはいえ、
「何であそこでアクセルを踏んだんだ?」
「何であんなハンドルの切り方をしたんだ?」
などと考えさせられることはよくある。
おそらくは事故の当事者も、
普通じゃ考えられない自分の行動に
「何で?」と首をかしげているに違いないが、
いつまで経っても答は出てこないだろう。
それは運命の範疇なんだから。
あ、そうだった。
「何で?」と思っても、
首をかしげられない場合もあるな。
…それもまた運命の範疇だ。