JR黒崎駅周辺。この街は40年ほど前にはえらく栄えていて、決して広くない駅前の土地に百貨店が2店舗、大型量販店4店舗、加えて大小4つのアーケード街があり、映画館は7館ほど存在していた。また国鉄、私鉄、路面電車、バスがこの街で合流するため、通勤通学はここで乗り換えることになる。ということで、平日・土日祝祭日を問わずこの街は人通りが多く、毎日「今日は祭りか?」と思うほどだった。
夏の時計は昼下がり
ぼくの時計は夏まかせ
多分きみはふくれてしまって
さっさと歩き始めるだろう
人と並行して車の量も多く、例えば第一駅前から第二駅前まで歩けば2分程度で着く距離を、バスで30分かかったことがあった。それも交通量の多い平日ではなく、一般的に車の量の少ない日曜日にだ。別に事故があったわけではない。自然渋滞なのだ。その日彼女と待ち合わせしていたので家を早めに出たのだが、それでも間に合わなかった。それに懲りて、以降は第一駅前で降りるようになった。
黒崎駅、三歩下って
きみの待ってる歩道橋へ
今日も車は列を作って
夏の日々は揺れる揺れる
ここは今でも県内有数の渋滞地区なのだが、あの当時は今よりももっと酷かった。現在、駅の北側には高架のバイパスやその側道が走っているのだが、当時はそれがなく、九州一の交通量を誇る大動脈3号線は片道2車線しかない貧相な国道だった。さらに渋滞を助長したのは路面電車だ。電車は2,3分おきにやってくるのだが、前がつかえてなかなか進まない。線路上で電車が何台も連なっていることもあった。これが渋滞の原因にならないわけがない。
現在はバイパスが片道2車線、側道片道1車線、さらに路面電車がなくなって片道1車線、計片道4車線増えている。おかげで朝晩のラッシュはある程度緩和された。が、それでも懲りずに渋滞するんだな、この地区は。
ところで、この詩に書いている歩道橋は今はない。駅が橋上駅になったためで、その空間は今駅前広場(ペデストリアンデッキ)になっている。
いつもいつも揺れていた三半規管の弱い人泣かせの名物歩道橋もなくなり、チンチン電車もなくなり、かつて人を集めていた百貨店や量販店は潰れ、それと連動してアーケード街の中の店も多くが潰れ、最後の砦となっていた地場の百貨店もこの8月で閉店だ。
衰退の大きな原因は、この街を囲む近郊数ヵ所に大型商業施設が進出したことと、モータリゼーションである。わざわざ黒崎まで行かなくても、欲しい物はそれらの大型商業施設一つで揃ってしまう。そのため、百貨店の包装紙目当て以外の人は黒崎に行かなくなった。
また、近郊の大型商業施設が駐車料金無料なのに対し、この街の商業施設は駐車するのに今なおお金を取っている。今時「二千円以上お買い上げ方、駐車料金二時間無料」なんて謳っている所を、好んで利用する人などいるのだろうか。
その駐車場の話だが、多くの店が潰れてしまい街が衰退した後、地権者たちはこぞって有料駐車場を作り始めた。周りの地域の人は、「駐車場ばかり作って、いったいどこに行く人がそこに駐めるんだろうか。店もないのに」と言っている。
わが青春の街黒崎、いよいよ夜の街オンリーになるのか。いや、その夜の街も新型コロナウイルスのせいで危うくなっている。そうなると残るのは、ビジネスホテルとマンションだけだ。
かつての大繁華街黒崎の明日はどっちだ!?
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