あれは隣の会社の駐車場に電柱が
転がっているのを見つけた時だった。
その時、なぜかぼくはその電柱が
無性に欲しくなり、その持ち主と
交渉して、退職金と引換えで
一本だけ買うことにしたのだった。
そして仕事を辞めた日にお金を払い
「後日取りに来る」と言って電柱は
そのままにしておいた。ところが
数日後取りに行ってみると、電柱が
なくなっているではないか。そこの
社員に聞くと「見たことない」と言う。
「いやいやそんなことはないでしょう。
けっこう大きな電柱だったんですよ。
見たことないことないでしょう」
「見たことないものは見たことないです。
当社で取扱っている物でもないですし」
結局電柱は見つからないままだった。
あれから何年経つのだろう。
いまだに電柱は見つかっていない。
まあ、それは今となってはどうでもいい。
問題は『持ち主は一体何者だったのか』
ということと『何であの時ぼくは電柱が
欲しくなったのか』ということにある。