神さまが風を送ってくれたら
ぼくらはありがたくそれを受け入れる。
神さまがどんな風を送ろうと関係なく
それが神さまの風だとわかっているなら
ぼくらはありがたくそれを受け入れる。
だけど実際にはそれはわからない。
神さまの風であるかもしれないし
神さまの風ではないかもしれないし。
だからぼくらは苦悩するのだ。
その風は神さまのものだと
徹底的に信じ込ませるのが宗教だ。
だけど宗教が神さまを語った時点で
それは神さまの風ではなくなる。
だからぼくらは苦悩するのだ。
かといって知識なく風を受けると
これは神さまの風なのかと迷い
神さまの風ではないのかと迷い
いつもぼくらは苦悩するのだ。