気がつくと私は水の中で生きていた。
他生物からのいろいろな迫害を受けながらも
何とか私は生き延びることがてきた。
ある日のこと、突然体が自由を失った。
私はわけがわからないまま苦しみもがき
数日が過ぎ、もう終わりかと思った時だった。
殻がメリメリと破れて急に体が軽くなった。
しかし背中がえらく痒い。と、よく見れば
背中に何かが生えているではないか。
「何だろう?」とそれを震わせてみた。
すると私は殻を抜け出して
一気に空に舞い上がった。
空中散歩は気持ちのよいものだった。
これまで見たこともない世界が
眼下に広がっていた。
「この世界は何と美しいんだ」
と、しばらくその風景に酔っていると
真下に今まで見たこともないような
巨大な怪物がいるではないか。
怪物は二本足で歩く奇妙な生き物で
私はそれを見て危険を感じ
その怪物から遠ざかろうとした。
その時だった。その怪物からほんのりとした
良い香りがしてくるではないか。
「なんだこの香りは!」と思ったとたん
私の体は怪物から遠ざかるどころか、
そのにおいに引っぱられるように
近づいて行った。
「ああ、この怪物の血を吸いたい」
私は初めてそんな気になった。
なりふり構わず怪物に近づくと
怪物は私を見つけ、パチパチと手を叩きだした。
どうやら私を叩こうとしているらしい。
「殺される」怖くなった私は逃げようと思った。
ところが体がそれを許さない。
どうしても血の誘惑に負けてしまうのだ。
危険を冒しながら私は何度も怪物に近づき
血を吸う場所を探した。
「あ、あそこが開いている」
そこは怪物の足だった。
怪物は気づかないでいる。
そこで私は素速く怪物の足に止まり
尖った口を彼の肌に刺した。
「う、うまい!」
一度味を占めると、もうやめられない。
私は何度も怪物の血を求めた。
しかし、それも長くは続かなかった。
数日後、怪物の腕に止まっていると
大きな影が近づいてくる気配がした。
その瞬間、ゆっくりと体が
つぶれていくような感じがした。
「どうしたんだろう」と思ったのが最後だった。
私はそのまま闇の世界に戻って行った。
私が蚊だということがわかったのは
闇の世界に戻って
その一生を振り返った時だった。