三十代の頃からぼくは
現状に満足することが出来ず
「新しいものを、新しいものを」
と常に新しいものを求めてきた。
そのために本を読み
そのために思考し
そのために瞑想に明け暮れた。
ところが気がついてみると
巡り巡って三十代の頃に
再び戻っている自分がいた。
長らく海外の学者の本などを
元に試行錯誤やってきたのだが
その行き着いた先が何と
「念仏が念仏を申す」の
一遍上人だったのだ。
ぼくの「新しいものを」の旅は
実は一遍から始まっている。
つまり二十年の道のりは
一遍理解への旅だったわけだ。
ああ、二十年ぶりの「捨ててこそ」
二十年ぶりの「なむあみだ仏」だ。