二十年以上も前に愛読していた
ある中国の古典を読み返している。
当時は訳文でしか理解出来なかったのに
今は読み下し文だけで理解することが出来る。
それが何ともうれしい。
しかしそれよりも大きな収穫がある。
あの頃は受け入れることが出来なった内容を
今では気持ちよく受け入れることが出来るのだ。
それに気づくことに大きな喜びを感じている。
それがわかる年になったのか。それとも
無意識のうちにそれを実践していたのか。
もしかしたら今、無意識の実践の成果を
確認させられているのかもしれない。しかし
まだ受け入れられないところが多くある。
よくよく我執に凝り固まっているのだろう。