秋の虫が鳴いている。
彼らは野外の草むらとかに
身を隠して鳴いているのだが、
あくまでも彼らは鳴いているだけで、
実際にその音が鳴っているのは、
実はぼくたちの身体の中だ。
つまり彼らの声が電波であって、
ぼくたちの身体がラジオだということだ。
ではその音を聞いているのが誰なのかというと、
実はそれが霊なんですね。
音を聞いたり、物を見たり、
体を動かしたり、心を動かしたりと、
霊は細々とした身体作業を行っている。
これだけ霊の作用というのは重要なものなのだが、
あまりに軽々しく霊という言葉を使ってきたせいか、
なぜかうさんくさく感じてしまうのだ。
そのせいなのかどうなのかは知らないが、
彼の臨済は霊とは言わず、
無位の真人とか主人公と呼んでいた。
さらに臨済は身体のことを、
糞袋と呼んでいたから、
霊の作用を臨済流に言えば、
主人公が糞袋を使って
色々やっているということになる。
秋の虫が鳴いている。
「さてこのへんでいいだろう」と、
主人公がぼくの糞袋にささやいている。