金曜日(6月30日)のことだった。
若い頃いっしょにアルバイトをやっていた先輩から電話が入った。
ぼくの夢を知る、数少ない人の一人だ。
何の用かと思ったら、突然
「おまえ、曲作りという夢があるのに、いつまでもサラリーマンにしがみついとったらいかんだろう」と言う。
「そりゃそうやけど、その夢にたどり着く手立てを知らんのよね。昔なら、オーディションとかコンテストとかいう手もあったけど、今はシンガーソングライターの、シンガーの部分は捨てとるけね。曲だけで売り込む、何かいい方法はないかと探しよるんやけど…」
「今日電話したのはそのことなんやけど」
「えっ?」
「おれの知り合いに、音楽関係の人間がおるんよ。この間、用があって電話した時におまえこと話してみたら、『会ってみたい』ということになったんよ。おまえ、明日都合はいいか?」
「明日?うん、別に用はないけど」
「そうか、じゃあ、明日会おう」
ということで、土曜日の昼間に会うことになった。
さて、その音楽関係の方というのは、プロよりもアマチュアに顔の利く人らしかった。
自分でも音楽をやっているらしいのだが、コピーが中心で、オリジナルにはあまり興味がないとのことだった。
「で、あんたは、どういうふうに進んでいきたいわけ?」
「元々はシンガーソングライターを目指していたんですけど、年から言って、もうシンガーは難しいでしょ?」
「そうやね。40代の後半なら難しいやろうね」
「で、シンガーの部分を外したところで考えたいんですけど」
「ああ、ソングライターでやりたいということね」
「ええ」
「何か活動やってる?」
「企業に歌を売り込んだり…」
「企業に?」
「ええ。その会社のCMに自分の歌を使ってもらいたいとか」
「ああ、それはいいね。他には?」
「似たところで広告会社に売り込んだり…」
「なるほど…。レコード会社とかには売り込まんかったんね?」
「自分で歌っていた頃は、それもやったんですけど」
「どういうふうに?」
「その頃、会社のレコード部門にいたんですよ。それで、レコード会社の営業にデモテープ渡して、制作の人に聴いてもらえるように頼んでましたね」
「ダメやったろ?」
「はい。ダメでした」
「そうやろね。あいつら聴かんもんね」
「何か方法はないんですかねえ?」
「うーん、難しいなあ」
「難しいですか…」
「方法がないことはないんやけど」
「えっ、あるんですか?」
「うん。バンドやったらいいよ」
「バンドですか?」
「そう、バンド作って、ライブやって、自分の歌を売り込むんよ」
「弾き語りじゃダメなんですか?」
「だめ。インパクトが違ってくる」
「そうですか…」
バンドで自分のオリジナルを演る。
…って、それではシンガーソングライターではないか。
やはり、歌をうたうしか方法はないのかなあ…。
元々ぼくは歌が上手い方ではないし、それに加えて年齢が声の伸びを奪ってしまっている。
これを克服するには、かなり時間がかかるだろう。
とはいえ、それしか方法がないのなら、それをやっていくしかない。
しかし、ぼくはずっと弾き語りでやってきたから、バンドなんてやったことがないのだ。
バンドやるとなると、音も合わせないとならないし…。
これは時間がかかりそうだ。
還暦デビューなんて嫌だなあ…。