そういう心境になったとはいうものの、別れたわけではない。
休みになるといつもどちらかの家に行っていた。
また、嫁ブーの仕事が遅くなった時には迎えに行ったりもしていた。
当時流行った言葉で言えば、『週末婚』をやっていたわけだ。
そういう関係をお互いの親も、自然に受けとめていた。
つまり、籍を入れてないだけで、夫婦だと認識していたわけである。
それから5年後に結婚に到るわけだが、その間、いろいろな人からいつも同じことを言われていた。
それは「結婚はまだか?」である。
最初は「はいはい」という感じで聞き流していたが、そのうちだんだん頭に来るようになった。
まあ口には出して言わないものの、いつも心の中で「おれが結婚せんことで、何かあんたに迷惑かけたか?」と思っていたものだ。
一度、二人で参加した飲み会の席で、ある人から『結婚とはなんぞや』という講釈を延々と聞かされたことがある。
例のごとくぼくたちが適当に話をはぐらかしていると、その人は真顔になって怒り出し、「もう知らん、勝手にせ!」と言って自分の席に戻っていった。
ようやく終わったと思っていると、また他の人が「結婚はまだか?」と言ってくる。
もううんざりだった。
帰り道、嫁ブーが憮然とした顔で、ぼくが講釈中に思っていたことと同じことを言った。
「あの人たち、私たちが結婚せんことで、何か迷惑がかかっとるんかねえ?」
「知るか!」
「いいやんねえ。私たち、別に結婚せんとか言いよるわけやないんやけ」
「おう。どいつもこいつも同じことばかり言いやがって」
「そうよ」
「おれたちは結婚しないわけじゃなくて、今たまたま結婚してないだけやないか」
「うん、基本的には夫婦と同じやもんね」
「そう。そのへんが、あの人たちにはわからんのよ」
その後ぼくたちは結婚したわけだが、仲人を立てたり、式を挙げたりといった面倒なことはせずに、区役所に婚姻届を出すというお手軽な方法で結婚の手続きをとったのだった。
しかし、結婚したとはいえ、環境はしばらく変わらなかった。
嫁ブーは相変わらず実家に住んでいたし、ぼくはぼくで気ままな生活をしていたのだ。
会うのは結婚前と同じく週2,3回。
もちろん、嫁ブーの仕事が遅くなった時には迎えに行っていた。
つまり、結婚して変わったのは、嫁ブーの姓だけだったわけだ。
とはいうものの、嫁ブーは、職場では相変わらず旧姓を使っていた。
そのため、知り合いから「結婚はまだか?」と言われていたらしい。
一方のぼくは、生活臭がしなかったせいなのか、知らない人から「独身ですか?」と聞かれていたのだった。