嫁ブーはそのコピーを広げながら、「ね、ここに『貴黄卵』と書いとるやろ」と誇らしげに言って、それをぼくに見せた。
なるほど、そこにはちゃんと『貴黄卵』と書いてあった。
しかし、次の瞬間、ぼくは黙り込んでしまった。
それを見た嫁ブーが「どうしたと?」と聞いた。
「ここに『貴黄卵』があるのはわかったけど、この道はどこから続いとるんか?」
「・・・」
ゼンリンの地図を見たことがある人ならおわかりだろうが、ゼンリンの地図は一軒一軒の家が細かく書かれているので、一つの地域が数ページに渡っているのだ。
そのため、全体図がわかりづらいという欠点がある。
それを解消するために、巻頭に全体の地図が書かれているのだが、嫁ブーはその地域の地図だけコピーしてきて、全体の地図をコピーしてきてなかったのだ。
「これじゃ、わからんやろ」
「いや、ちゃんと聞いてきたっちゃ。この道はねえ、メインの通りなんよ」
「そのメインの通りに行くためには、どう行ったらいいんか?」
「それは…」
「この上のページに、何か目印になるようなものがなかったか?」
「ああ、ダイエーがあった」
「ダイエー…、あんなところにあったかのう」
「あった! と思う」
「そういえば、前に鞍手に行った時、スーパーらしきものを見たのう」
「そうよ、そこよ」
相変わらず気楽な性格である。
ということで、先週の金曜日に、ぼくと母と嫁ブーの三人で、貴黄卵を買いに行った。
もちろん行き道が確定したわけではない。
いわゆる見切り発車というやつである。
ぼくは前に鞍手に行った時のコースを通り、例のスーパーの前まで来た。
「確かこのスーパーやったと思うけど、ダイエーやなくなっとる。メイン通りっちゃここか?」
ぼくがそう聞くと、嫁ブーは例の気楽な性格を発揮し、「うん」と適当な返事をした。
「間違えとったって、知らんぞ」
「ここっちゃ、間違いないっちゃ」
ぼくが疑ったのにはわけがある。
メイン通りにしてはえらく道が狭い。
車がやっと離合できるほどの幅しかないのだ。
そこで、「こんな道がメイン通りであるはずがない」と思ったわけだ。
しかし、今回は嫁ブーの気楽さが勝った。
そのメイン通りを2分ほど走ると、そこに『貴黄卵』ののぼりが立っていた。
「ね、間違ってなかったやろ」と、嫁ブーは誇らしげに言った。
それにしても、スーパーがあるところはちょっとした繁華街になっているのだが、少し車で走っただけなのに、周りは田園風景に変わっていた。
どこから牛や馬が出てきてもおかしくない雰囲気である。
しかも、養鶏場のニオイという演出まで加わっている。
これぞ日本の原風景である。
ぼくは、そこで「こういうところでご飯を食べたらおいしいだろうな」と思いながら、その『貴黄卵』を買ったのだった。
その晩、さっそく玉子を食べようと思い、酒は飲まずにご飯だけ食べることにした。
まず、『ごはんですよ』でご飯を一杯食べ、二杯目を少なめに装って、それに玉子をかけることにした。
ところが、いざ玉子をかける段階になって、あることに気がついた。
『キューちゃん』が切れていたのだ。
「おい、キューちゃんがないぞ!」
「あっ、切れとった?」
「おう」
「明日買っとくけ」
ということで、その日ぼくは「キューちゃん、キューちゃん」と言いながら、貴黄卵かけご飯を食べたのだった。