その患者は一人ではなく、小さな同伴者がいた。
そう、その人の子供である。
最初こそ大人しくしていたが、時間がたつにつれ、ギャーギャー騒ぐようになってきた。
今時の親であるから、当然知らん顔である。
代わりに看護婦が手を止めて相手をしている。
叱かればいいものを、「ああ、○○ちゃん、いい子やねえ」などとあやしてしるのだ。
そのために時間を食ってしまった。
治療の最後はいつも、治療した歯に樹脂のようなもので蓋をする。
それが固まるまでだいたい2,3分かかり、「今日はおしまいです」となる。
ところが、蓋をしたあと、看護婦はまた子供の相手をしだした。
そのせいで、「今日はおしまいです」と言うまでに15分ほどかかってしまった。
結局、治療が終わったのは12時だった。
つまり、治療に1時間30分を要してしまったわけだ。
ぼくは整体院のある場所を知らなかった。
整体嫌いの嫁ブーも、もちろん知らない。
ただわかっているのは、歯医者の近くだということだけだ。
車に乗り込み、さっそく先方に電話をかけた。
「今歯医者が終わりました。これからそちらに向かいます」
「はい、お願いします」
「ところで…、そこはどこですか?」
「えっ?」
「いや、場所を知らないんですよ」
「今どこですかねえ?」
「○中学のところです」
「ああ○中学ね。じゃあ、そこからですねえ…」
何とか道もわかったので、車を出発させた。
ぼくが電話した場所、つまり歯医者から整体院までは距離にして1キロも離れてなかった。
整体院に着き、中に入ると、すでに先約がいた。
60歳前後のおっさんで、肩を治療しているようだ。
嫁ブーはその横で、治療を受けることになった。
「前屈してみて下さい」
全然曲がらない。
「痛みで曲がらないんですか?それとも元々堅いんですか?」
「元々堅いんです」
「痛みはないですか?」
「痛いです」
「どこが痛いですか?右ですか?左ですか?」
「真ん中です」
「ああ、真ん中ですね。はい、わかりました。じゃあ、今後はうつぶせになって寝て下さい」
嫁ブーは、横にあったものをつかみ、ゆっくりと横たわった。
そして、患部のマッサージを受けていた。
横のおっさんが終わると、おっさんを治療していた人が嫁ブーを診ることになった。
どうやらマッサージをやっていた人は、応援で来ていた人で、おっさんをやっていたほうが先生らしい。
先生は「こちらで治療しますから、こちらにお願いします」と言った。
嫁ブーはきつそうに立ち上がり、そちらのほうに歩いていった。
ベッドの前に行くと、先生は「じゃあ、前屈やって下さい」と言った。
嫁ブーは『またですか?』というような顔をして、再び前屈した。
マッサージだけでは治らないようだ。
「はい、わかりました。じゃあ、こちらにうつぶせになって寝て下さい」
しばらくマッサージを受けていたが、その後本格的な治療に入ったようだ。
先生は、よくテレビの整体治療などで見る背骨の矯正を始めた。
「ああ、悪いねえ」「うん、ここも悪い」「やっぱり」などと、先生は一人言を言い始めた。