珍しく日記をその日のうちに、しかも早々と更新したのにはわけがある。
血の出ている状況を、その歯を抜いた時の感触や血の温もりを、体で覚えているうちに伝えたかったからだ。
さて、その日記を書いたあとはどうしていたのかというと、結局血が止まらずに何度も洗面所に通っていた。
口の中にたまったくらいの血を吐き出す程度だから、そう大した量ではなかったが、やはり血を吐くというのは気分のいいものではない。
とにかく色がすごい。
『どす黒い血』という表現があるが、まさにそういう色で、えらく濃い赤をしていた。
これが悪い血であれば、どんどん出てくれということになるのだが、悪い血なのかどうかがわからない。
まあ、死ぬほど出ているわけではないから、気にしないでおいた。
その後、徐々に出血量が減ってきたので、ちょっと寝ることにした。
しかし、血が止まったわけではない。
寝ていながらも、多少血が出ているのがわかった。
そのため、何度か目が覚めたが、「もう止まっている」と自分に暗示をかけて、そのまま寝ていた。
午後6時頃に目が覚めた。
昨日の日記に書いていたように、昨日は忘年会がある日なのだ。
時間は7時半からだったが、何時に終わるかわからないので、とりあえず風呂にだけは入っておこうと思った。
ところが、風呂に入ろうとした時、またもや出血しだしたのだ。
「これは風呂どころではない」と思い、また寝ることにした。
どのくらい時間がたったのだろうか、電話の鳴る音がした。
「誰からだろう」と思って、電話に出てみると、受話器から聞こえてくる音が、何ともにぎやかなのだ。
「もしもし」
「『もしもし』じゃなかろうが。おまえ今何時と思っとるんか」
「えっ?」
時計を見てみると、何と7時半を過ぎているではないか。
「来るんか?」
「ちゃんと行く」
「そうか。始めとっていいか?」
「うん。すぐ行くけ」
そう言って、ぼくは電話を切った。
そのあと慌てて服を着替え、外に出た。
外はかなり激しい雨が降っていた。
そういう時に限って、タクシーが捕まらない。
気は焦るばかりである。
10分ほどして、ようやくタクシーが捕まった。
ぼくが乗り込むと、タクシーの運転手は「今日はタクシーが捕まらんかったでしょう?」と言った。
「はい。何かあってるんですか?」
「いや、今日は結婚式やら忘年会が多くてね」
「ああ、そうなんですか」
「今からだんだん多くなるでしょうね」
そんなことを言いながら、走っていくと、対向車線が渋滞しているのに気がついた。
『土曜日なのに、渋滞か。何がどうなっているんだろう?』と思っていると、運転手が「ありゃー、事故みたいですねえ」と言った。
なるほど、何台かの車がハザードをつけて停まっている。
どうやら玉突き事故らしい。
すでにパトカーが来ていた。