売場で作業している時、天井の方に何かの気配を感じた。
ちょっと説明が難しいのだが、ぼくのいる売場の奥は、隣の店の休憩室になっている。
以前、うちの売場のバックヤードだったところを改造したのだ。
当初は店と部屋を仕切るだけだったのだが、なぜか休憩室用に天井をつけてしまった。
つまり休憩室の天井のさらに上に、うちの店の天井があるという格好だ。
そのため、ぼくの売場から見るとその部屋はカプセルのようになっている。
何かの気配を感じたのは、その天井と天井の間にある隙間からだった。
隙間と言っても6,70センチはあるから、空間と言ったほうがいいかもしれない。
さて、ぼくは最初、その気配を感じていたものの気にはしてなかった。
しかし、それが何度もなので、「いったい何がいるんだろう」とだんだん気になりだした。
そこで、次に気配がした時に見てみることにした。
それから3分ほどして、また気配がした。
素早くそこに目を移すと、そこには全長5センチほどの小さな生き物がいた。
天井の隅をトコトコと駆け回っている。
最初はネズミかなと思った。
だが、ネズミとは若干形が違っているようだし、色も違う。
ふと頭の中に、ある生物の名前が浮かんだ。
「ヤマネ」
確かそんな名前の動物がいたような気がする。
どんな動物なのか詳しくは覚えていない。
が、ネズミのようなものだったと思う。
『ヤマネ』というくらいだから、おそらく山の動物なのだろう
店は山の裾野に建っているから、そこに山の動物が紛れ込んで来たとしても、別段不思議なことはないし。
そんなことを考えているうちに、その生き物はどこかに行ってしまった。
しばらくして、また『ヤマネ?くん』は現れた。
今度はこちらを窺っている。
そしてまたどこかへ行った。
何度かそういうことを繰り返している。
その姿が実に愛くるしい。
そこで、ぼくはその姿をカメラに収めようと思い立った。
脚立を準備し、『ヤマネ?くん』が現れるのを待った。
しかし、待っているとなかなか現れないものである。
10分ほどが経過した。
しびれを切らしたぼくは、脚立に上り、『ヤマネ?くん』を探すことにした。
「いたいた」
『ヤマネ?くん』は奥の方を走り回っていた。
その姿を撮った。
が、あまりに小さくて、携帯の画面の中では点にしか見えない。
「もっと近づいてくれんかのう」と、ぼくは『ヤマネ?くん』に呼びかけた。
すると、『ヤマネ?くん』はその声に反応したのか、こちらに近づいてきた。
そして、天井の一番手前までやってきた。
シャッターチャンスである。
ぼくは手を伸ばし、『ヤマネ?くん』の目の前に携帯を持って行った。
逃げない。
それどころか、『ヤマネ?くん』はポーズをつけているようにも思える。
そこでシャッターを切った。
家に帰ってから、さっそくネットで『ヤマネ』のことを調べてみた。
『齧歯(げつし)目ヤマネ科の哺乳類。体長七~八センチ、尾長四~五センチ。体つきは丸く、灰茶色で背に黒い縦線が一本あり、尾に長毛がある。山林にすみ、樹上性で、果実・昆虫などを食べる。冬は木の穴などで冬眠する。日本特産種で、本州・四国・九州に分布。』(Yahoo!辞書)
どうやら『ヤマネ?くん』は『ヤマネ』ではないようだ。
『ヤマネ?くん』の尾には長毛なんかなく、ミミズのようなものだった。
やはり『ヤマネ?くん』はネズミだったのか。
しかし、茶系色のネズミというのを見たことがないし、動きもネズミのようではなかったし、妙に人なつっこかったし…。
どうも腑に落ちない。
(ヤマネ?くん)