吹く風

いろんなことに悩む暇があったら、さっさとネタにしてしまおう!

あまり嬉しくない後輩たち 後編

「しばらくこちらを離れていたもんで、こちらの人の顔を忘れてましたよ」
「離れていた? どこにおったと?」
「いやー、ちょっと遠いところに。ははは」
ちょっと遠いところ、こういう人たちの言う『遠いところ』といえば、相場が知れている。
中学時代の後輩とはいえ、どうもこの手の人間は苦手である。
おまけに『遠いところ』に行っていたなどという話を聞かされたものだから、こちらの気は乗らない。
にもかかわらず、彼の話は終わらない。
最後には相づちを打つだけになっていた。
およそ30分後、彼は「じゃあ、またきまーす」と言って帰っていった。

「あいつ今何をやっているんだろう?」という疑問を持ったぼくは、ローン用紙に書かれている職業欄を見た。
「やっぱり…」
彼は自動車金融の社長をやっていた。

それから彼は、ちょくちょく顔を見せるようになった。
最初こそ一人で来ていたのだが、その後はいつも若い衆を連れていた。
ガラの悪い兄ちゃんが「しんたさんですか?」とやってきた。
「そうですけど」
「あの、社長が下で待ってますから、来てもらえませんか?」
「社長?」
「はい」
とりあえず下に行ってみると、彼がいすに座っていた。
「しんたさん、忙しいところすいませんねえ。いや、今日はこの商品を買おうと思いましてね。何も言わずに帰ろうと思ったんですけど、いちおう来たことだけ報告しておこうと思いまして。ははは」
要はまけてくれと言っているのだ。
ぼくは、その商品の担当者に、値引いてくれと頼んだ。

「ああ、この値段でいいらしいよ」
「しんたさん、すいませんねえ。そういうつもりじゃなかったんですけど。ははは」
そういうつもりである。
「ところで、これ車に乗るかなあ」
「車、どこに停めとると?」
「ちょっと大きな車なんで、路上に停めてるんですけど」
行ってみると、なるほど大きな車が停まっている。
車幅の広い外車であった。
「ははは、すいませねえ。こんな車しかなくて」
「・・・」

その後も、何度か彼は『こんな車』で登場した。
店に来ると、いつもぼくを呼んだ。
ま、考えてみると、彼は身なりこそ変だが、誰に迷惑をかけるわけではなく、来ると必ず買い物をするし、しかも金払いもいい。
いわば上得意である。
しかし、ぼくは嫌だった。
来るのは勝手だが、ぼくを呼ばないでくれ、と思っていた。
来るのは勝手だが、ガラの悪い取り巻きを連れてくるな、と思っていた。
来るのは勝手だが、その下品な笑い声はやめてくれ、と思っていた。

それから2ヶ月ほどして、彼はパッタリと来なくなった。
来なければ来ないで結構なことなのだが、それまで頻繁に来ていたので、なぜか彼のことが気になった。
それから、ぼくがその会社を辞めるまで、彼は店に来ることはなかった。
もしかしたら、また『遠いところ』に行ったのかもしれない。