昨日の日記と関連するが、ぼくは寄せ書きが嫌いである。
というより、気の利いた言葉がかけないのだ。
二十代の頃、よくぼくは人の結婚式に呼ばれていた。
披露宴もたけなわになってくると、必ずぼくの元に回ってくるものがあった。
寄せ書きである。
ぼくのところに回ってくる頃には、かなり多くの人が書き込んでいる。
ひとつひとつ読んでみると、よくまあ、こんな気の利いたことが書けるものだ、と感心したものだ。
そこで、ぼくも何か気の利いたことをと思うのだが、それが出来ない。
かなり酔いも回っている、ということは言い訳にならない。
書ける人には書けるのだ。
現にそこに書いている内容は、どれも素晴らしいものばかりだ。
二人の門出を祝っているものもあれば、心強い人生訓などもある。
よしぼくも一つ、と気ばかりが焦ってくる。
いろいろ考えていると、周りから「おい、まだか?」と声がかかる。
「ちょっと待って。今考えよるんやけ」
しかし答えは出てこない。
「しかたない、もうこれにしておこう」と書いたのが、『次はおれの番だ!』だった。
そのあとに、「お前はいつも書くことが同じやのう。実際いつになったら結婚するんか?」とよく言われていた。
さかのぼって、高校の卒業時の寄せ書き。
これは卒業アルバムにも掲載されているのだが、ぼくが寄せ書きに書いた言葉は、『TPY-ⅡB』だった。
これは、ぼくが高校時代に作っていたバンドの名前である。
バンドといっても、別に活動していたわけではなく、ただ仲間が集まって、バンドの真似事をやっていただけのことである。
ぼくたちバンドメンバーはその名前を知っているのだが、当然それ以外は、何を書いているのかわからない。
しかも、『TPY-ⅡB』の横にはぼくのその当時のハンドルネームを書いている。
これまた誰にも教えてなかったので、いよいよこの寄せ書きは意味不明のものとなってしまった。
もちろん、そのほかの人は、ぼくみたいにわけのわからないことを書いている人は一人もいない。
みな、3年間楽しかった、将来はこうありたい、などと書いている。
ふざけて書いている人でも、最低限自分を印象付けるようなことを書いている。
中学や小学校の時も、寄せ書きがあったような記憶がある。
しかし、その時どんなことを書いたのかは忘れてしまっている。
おそらく、『希望』とか『友情』とか『努力』とか『根性』といった、修学旅行のお土産みたいなことを書いたのだろう。
そういえば、中学の卒業前に、サイン帳みたいなものを持ってきて、そこに寄せ書き的なことを書き込んでもらうのが流行っていた。
そのほとんどが女子だった。
ぼくはその頃から寄せ書きが嫌いだったので、なるべく書かないようにしていた。
それでもしつこく迫ってくる人もいた。
しつこい人「しんた君、何か書いて」
しんた君「いや」
しつこい人「いいやん、何か書いて」
しんた君「いーやっ」
周りも見かねて、「しんた君、何か書いちゃり。かわいそうやん」と言い出した。
しんた君「そういうのを書かされる、おれのほうがかわいそうやろ」
周りの人「名前だけでもいいやん」
しんた君「名前だけ?」
しつこい人「うん」
「なーんか、サインが欲しかったんか。最初から言えばよかったのに」と、ぼくはサインだけした。
それからぼくは、サインだけでいいのなら、とサインだけはするようにした。
そのために、サインの練習などもした。
そのサインが、ようやくさまになったのは、中学卒業後だった。
このままだとサインの練習が無駄になる、と思ったぼくは、高校に入ってから、頼まれもしないのにサインをして回った。
その時も、中学の時と同じことを言っていた。
「なーんか、サインが欲しかったんか。最初から言えばよかったのに」
今でもぼくは、寄せ書きは嫌いである。
しかし、サインするのは好きである。