以前書いたことがあるが、ぼくは理科という教科が苦手だった。何でそれほど理科が苦手だったのかわからないが、ただ一つだけ言えることがある。それは、理科にまったく興味がないということだ。まあ、理科で関心を持っていることと言えば、気象学、つまりお天気と、あとはアルカリ食品くらいである。
ぼくは昔から実験が嫌いな子だった。小学校の授業では、やたら時間をかけて実験をやっていた。火を点けたり、唾とデンプンを絡ませたり、「こんなことやって、何になるんだろう」といつも思っていた。
中学の時には、かわいそうに、蛙やフナの解剖をやるし。エーテルの臭いを嗅ぐと、気分が悪くなったものだ。
蛙の解剖は、一年の時にやったのだが、授業が終わった後に先生が、「犠牲になった蛙に、黙祷しましょう」と言った。解剖された蛙はまだ生きていて、心臓がバクバク動いていた。
蛙としては、こんな悲惨な姿にされた上に、黙祷でごまかす人間を恨んだことだろう。黙祷するくらいなら、最初から生き物を殺すような実験をするな!元々嫌いだった理科が、この件でさらに嫌いになったのだった。
理科嫌いは高校時代も続いた。化学はちんぷんかんぷんだったし、物理の点もあまりよくなかったし、生物にいたっては追試を受けたほどだ。
理科があまりに嫌いだったため、高校3年の時は文系のカリキュラムを選んだ。しかし、理科科目を受けなくていいわけではない。
仕方なく受けた科目は生物Ⅱだった。1年の時に追試という苦汁をなめた科目だったが、追試勉強で化学よりはわかるようになっていたので、それにしようと思ったわけだ。
3年時はわりと楽だった。別に勉強しなくても、欠点にはならなかった。授業も苦痛ではなかった。
先生から質問されることもない。そのため、生物の授業だけはさぼらなかった。
とは言うものの、そこで授業を聴いているわけではなかった。わからないものは、いくら聴いてもわからない。
では、何をしていたのかというと、本を読んだり、作詞をしたりしていたのだ。図書館などでさぼっていると、決まって邪魔が入るのだ。そのため気が散って、読書や作詞が出来ない。そういった意味で、出席しているだけでOKだった生物Ⅱの授業こそが、ぼくにとって一番落ち着ける場所だったといえる。
そういえば、般若心経が暗唱できるようになったのは、生物Ⅱの授業の時だった。その時に読んだ『般若心経入門』という本で覚えたわけだ。