一度だけ極道のケンカを見たことがある。ドンパチやったとか、ドスを振り回したというような派手なケンカではなかったが、けっこう迫力があった。
三十数年前のこの時期だった。一杯やってから小倉の街をうろついていると、道ばたに人垣が出来ている。行ってみると、作業着を着た体格のいい男が、スーツ姿の痩せた男に絡んでいた。
作業着はかなり酔っているようで、「コラー!」などと言ってすごんでいる。スーツのほうは相手にせずに、振り切ってそこから離れようとしているのだが、作業着がしつこくそれを止める。
何度かそんなことを繰り返しているうちに、スーツが切れてしまった。作業着の手を払いのけ、一発殴ってから突き倒した。
尋常の力ではなかったようで、作業着男が地面に倒れると同時に地響きがした。しかも、その地響きと同時に、「ゴツ」と頭が割れる音がしたのだ。スーツ男は、服装を正しながら、「極道にケンカを売るな」と言って、その場から去っていった。
おそらく、そのスーツの中にはドスなどが入っていたに違いないが、そういう物を利用せずに一発で相手をしとめたところがすごかった。
ケンカが終わり、倒された作業着は白目をむいて、動くことはなかった。ほどなくして救急車がきて作業服を運んでいったが、その後どうなったのだろう。おそらく死んではないと思うが、くも膜下にはなっていたはずだ。
極道にケンカを売るものではない。