2002年5月1日の日記です。
以前いた会社で、ぼくはCDやLDといったソフト類を扱っていた。
そこではメンバーズカードを発行していたのだが、それはメンバーズカードに買った日付と金額を書き入れて、何ポイントか貯まると、その5パーセント分のCDがもらえる、というお手軽なものだった。
一度だけだったが、このカードを悪用しようとした人間がいた。近くの中学の生徒だった。
彼はこの手書きのポイントを、巧みに修正してCDに代えようとしたのだった。
CDの価格は、だいたい3千円くらいのものである。いくらまとめて買っても、3万円が限度だろう。
このメンバーズカードは、3千円購入の場合は「3000」と書くのだが、この生徒は、「3000」の前に「10」を書き加えた。つまり「103000」にしたわけである。
その作業を、何度か繰り返し、彼は何と「680000」ポイントを稼いだのだった。
680000ポイントだと、3万4千円分のCDがもらえる。彼は、それをビートルズのアルバムに換えてくれと言った。アルバム全部で10枚だった。
パートさんが応対していたのだが、金額が金額だっただけに、すぐにぼくに言ってきた。
「主任、これ、おかしいんですけど」
「え、680000ポイント!?」
「ええ、おかしいでしょ」
ぼくは、その中学生のところに行き、
「これ、あんたが買ったと?」
と訊くと、
「お父さんのカードですから、ぼくは知りません」
と彼は言った。
明らかにおかしい。
「今ビートルズのアルバム切らしているから、取り寄せるまで待っといてね。入ったら連絡するから」
そう言って、ぼくは相手の電話番号を聞きだした。
彼が帰ってから、メンバーズカードに書かれている日付の、レジの記録用紙を全部調べた。しかし、そこに書かれている金額を、一人で買った人はいなかった。
「やっぱり、偽造か。どうしようか」
とぼくはスタッフと話し合った。
はっきりと本人に言っても、「お父さんのだから、ぼくは知りません」と言うだろうし、そういう中学生なら逆恨みして、また何をしでかすかわからない。
ここは相手を戦意喪失させる方法をとろう、ということになった。
まずとった手は、こちらから相手には連絡しないで、相手から連絡があるのを待つ、ということだった。
2日後、彼から連絡があった。
「もしもし、ビートルズはまだですか?」
「悪いねえ。まだ届いてないんよ。届いたら連絡するけね」
まだ、次の一手をとらない。じらさないと相手は堪えない。
それから2日後。
「もしもし、ビートルズはまだですか?」
「もう少し待ってね」
次の日。
「ビートルズはまだですか?」
「ごめんね。まだなんよ」
翌日。
「ビ-トルズはまだですか?」
「メーカーが切らしとるみたいなんよ」
「本当に注文したんですか?」
「注文はしたんやけど。ごめんね」
そして、メンバーズカードを受け取ってから一週間が経った。
「もうビートルズは届いたでしょうね?」
「今日で8枚揃ったんやけど、2枚がまだなんよ」
「じゃあ、8枚取りに行きます」
「いや、このカードの場合、全部揃わんと渡せんのよね」
「換える気がないんやろが!」
「いや、あるよ。ああ、それと言い忘れとったけど、このカードお父さんのやったねえ」
「そうやけど」
「じゃあ、揃ったら、お父さんに連絡するね」
「・・・。わかりました」
それから、30分後、事務所に電話が入った。
「そちらのレコードのコーナーで、ビートルズのCD頼んでたんですけど、キャンセルします!」
その後、彼から二度と電話は入らなかった。いや、二度と店には来なかった。
おそらく彼は、
「店から電話がかかったらどうしよう」
と考えて、ヒヤヒヤしていたはずだ。
まあ、こちらから電話することはなかったが、メンバーズカードだけは、ずっと取っておいた。