中一の頃、教師間のぼくの称号は、『問題児』だった。
そのきっかけとなったのは、クラス内で暴れていた級友を止めようとしたことにあった。担任の女教師はなぜかことのいきさつも調べずに、それをけんかと見なし、勝手にぼくをその首謀者に仕立てあげた。
あまりの馬鹿馬鹿しさにぼくは呆れてしまい、何も弁解しないでおいたのだが、それがまずかった。担任はさらに調子に乗って、ぼくを『問題児』扱いするようになったのだ。
ノートに落書きすると『問題児』。他の先生に叩かれると『問題児』。美術の作品を出し忘れると『問題児』。体育の授業を見学すると『問題児』。流行りの言葉を使うと『問題児』。一人で繁華街行きのバスに乗っているところを見られて『問題児』(町の柔道場に通っていた)。
『問題児』、『問題児』、『問題児』・・。いったいどれだけ『問題児』なのか。担任は、ぼくが「問題」を起こすたびに母親を呼び出し、
「息子さんみたいに次から次と問題を起こす生徒は、学校創設以来初めてですよ。この先、どう育っていくのか、心配でなりません」
と、ご親切にもぼくの行く末を案じて嘆いてくれていたそうな。
三年後、何の因果か担任の自慢の娘は、その『問題児』と同じ高校に通うことになる。
もしかしたら、それを知った担任は、我が娘の行く末を嘆いたかもしれない。