何が楽しいというのではなく
楽しくない場面がなぜか少ない。
だから長丁場でも堪えられるのだ。
不思議なことにそれをやっていると
何度もいい運に巡り会う。どんな
修羅場でも不思議と救いの主が現れる。
仮にそれを辞めたとしても
回り回ってまた同じことをやるだろう。
そういう時なぜか力が増しているものだ。
同じことをやると言っても
それは決して逃げ場などではない。
本能がそれを好んでいるのだ。
だからいい自分をイメージできるし
だから他人にもやさしくなれる。
つまりはそれがいい運を運んでくるのだ。
不器用などという言葉で片付けてはならない。
それしか出来ないからやっているのではない。
それが天職だからやっているのだ。