東京にいた頃、ぼくは年寄り夫婦が経営する下宿屋の二階に住んでいた。家は木造で作りが悪く、ちょっと強い風が吹くと家は揺れるし、窓からは隙間風が吹き込んでくる。
そういう家だったから、ギターを弾いて歌を歌えば当然音が外に漏れる。ということで昼間はともかく、夜は気を遣ってなるべく音を出さないようにしていた。
おかげで夜に曲が浮かんできた時は、困ったものだった。とにかく譜面が書けないから、曲を残そうと思えばラジカセに録音しなければならない。しかも、持っていたラジカセは壊れかけていて、大きな音じゃないと音を拾わない。仕方なくとった手段が、押し入れの中で、布団をかぶって録音することだった。
ということで、今日紹介する『南の窓』は、押し入れの中で布団をかぶって作った歌です。
『南の窓』
君の開けた南の窓は
今もまだ開いたまま
君の想い出運ぶ風よ
もう一度にぼくに吹きつけろ
汗のこもった小さな部屋は
君がいた頃のままにある
君がくれた小さなオルゴール
ネジの切れたまま春を待つ
何も出来ない君がいないと
冬の寒さに凍えながら
春を待てば気も遠くなる
ああ吹く風よ、もう一度だけ
君の落とした小さな影法師
もうぼくには見ることが出来ない
君をなくして風をなくして
ただ南の窓に春を待つ
→ ♫南の窓
そのうちぼくは「ここにいても埒が明かん」と思うようになり、音出しOKの友だちの家を泊り歩くようになった。下宿に週一日か二日しかいなので、大家はぼくの実家に、「いつも家にいないので心配で・・・」などと言って電話していたらしい。
こう書くと『店子思いのいい大家さん』と思うかもしれないが、そんないい人ではなかった。その辺のことは、また後日。