頑張る40代!

いろんなことに悩む暇があったら、さっさとネタにしてしまおう!

歌のおにいさん

ためいき

『ためいき』
さりげないためいきやめて
今日から真面目にやっていくんだ
昨日吐いたあの言葉に
嘘や偽りはないんだから

そしていつか見返してやるんだ
あいつも、あいつも、みんなまとめて
あの日のぼくは正しかったんだと
それがぼくの人生だったと

 もう振り返らない 風は追い風だ
 尽きることはない
 もしもつまずくことがあったとしても
 明日のための布石なんだ

疲れたふりなんかやめて
今日から素直に生きていくんだ
ほら明日が笑っているよ
その日の自分が手招きしている


久しぶりにプレイヤーズ王国に曲を上げた。
前に上げたのが昨年の4月だったから、1年3ヶ月ぶりの新曲(?)ということになる。
その間、会社を辞めたり、ウォーキングを始めたり、変なネコと知り合ったり、いろいろなことがあったが、過ぎてみると早いものである。

さて、この『ためいき』という歌だが、元々同名の曲があった。
しかし、その内容が現実味を帯びてないので、歌詞を書き換え、今の歌になった。
どういう風に現実味を帯びてないのかというと、元歌は、結婚して、二人の子どもを得て、孫まで出てくる。
現在、というか、これからも子どもが出来る予定はない。
したがって孫なんて出てこない。

そういうわけで、その歌詞を却下し、新しい歌詞を作ったのだが、その歌詞を作ったのが、昨年会社を辞めた頃だったので、こういう歌詞になったのだ。
ま、現実味を帯びさせたわけだが、一ヶ所だけ現実ではないところがある。
それは「あいつを見返してやる」部分だ。
実際そういう人はいない。



懐かしい歌

朝、目が覚めた時からずっと、頭の中で一つの歌が鳴っている。
昔聴いたシルバーオックスのCMソングだ。
『ひょっこりひょうたん島』を歌った前川陽子が歌っていたと思うが、「元気で行こう テケテケラッタッター 牡牛のマークの シルバーオックス~♪」という歌詞だ。
小学生の頃、学校から帰ってテレビをつけると、いつもこの歌がかかっていた。

何でこの歌が鳴るのだろう。
別にその時代の夢を見たわけではないのだが…。
しかし、こうしつこく鳴っていると、なぜか原曲が聴きたくなるものだ。

そこでシルバーオックスのサイトを覗いてみたのだが、会社や商品の紹介ばかりで、昔のCM曲があるような気配はない。
次に探したのがCDである。
CM曲を集めたものはいくつか出ているようだが、そこに「シルバーオックス」はなかった。
最後に、どこかのサイトに落ちてはいないかと、いろいろな言葉を入れて検索してみた。
そして「コマーシャルソング シルバーオックス」と入れた時だった。
そこにぼくのブログが出てきたのだ。
どうやら以前もシルバーオックスのことを書いていたようだ。

結局「シルバーオックス」の歌は見つからなかった。
しかし、ケガの功名か、ひとつ面白いものを見つけた。
これもその頃のCM曲で、同じく服地のメーカーである。
とにかく懐かしいです。

http://www.miyuki-hd.co.jp/miyukibrand/miyukitvcm.html

このCM、というより番組、ぼくが生まれた年である昭和32年に始まって、平成に2年に終わっている。
何と33年間もやっていたのだ。
しかし、ぼくが驚いたのはその長さではなかった。
平成まで、『ミユキ野球教室』をやっていたということである。
平成2年といえば、ぼくらの年代からすると、つい最近という感覚だ。
そんな「つい最近」まで、このコマーシャルソングが鳴っていたとは知らなかった。



押さえられないコード

ギターを弾き始めてもう30年以上経つのだが、30年かかってもうまく押さえることの出来ないコードというのがある。
例えばCM9(シー・メイジャーナイン)なんかもその一つである。
ギターコード表を見て覚えたコードなのだが、どの指で押さえるということが書いてなかったため、いちおう一番合理的だと思う方法で押さえている。
ところが、どうも小指がうまく弦にかからないのだ。
そのために、充分な音が出ない。
特にこの音の場合、小指で押さえる音がメインになるので、ここの音が充分出なければ、このコードを押さえる意味がない。

他の方法も試してみたが、さらに押さえにくくなる。
また代替えになるコードでやってみたりもしたが、音の深みが出てこない。
実際にこのコードを利用するプロなんかは、どうやって押さえているのだろうか?
もっと合理的な押さえ方をしているのだろうか?

…あ、そうだ。
プロになるような人だから、きっと小指も他の指のように自由に動かすことが出来るのだろう。
よく、すべての指を立てた状態で、小指だけ曲げることの出来る人がいるが、プロのギター弾きは、きっとそういう芸当が出来るはずだ。

ということは、何年経ってもうまく押さえられないのは、努力が足りないのではないということだ。
小指だけ曲げる練習に関しては、ギターを弾いてきた時間よりも遥かに長くやっている。
でも、出来ないのだから、これは身体能力の問題である。
つまり、CM9は、ぼくの指の機能では対応できないコードだということだ。
悔しい。



星のきれいな夜

歌詞を作るのは本当に難しい。
この3ヶ月ずっと歌詞作りに悩んでいるのだ。
詞に意味を持たせようとすると堅苦しくなる。
かと言って、考えないでやるとまとまりがなくなる。
スラスラと詞が書けていた昔が懐かしい。
あの頃はおそらく素直な気持ちを持っていたのだろう。
だから、無理なく書けたのだと思う。
それが出来ないのは、いろいろな経験やプライドが邪魔しているからだ。

さて、今日はちょっと指向を変えてみた。
今まで詩的な歌詞を書こうとしていたから出来なかったのだ。
詩作をしなくなって、もう5年経つ。
このブランクが容易に詩的歌詞を書かせてくれないわけだ。
それなら散文的歌詞にしてしまえと、今日試験的に書いてみた。
せっかくだから思い出エッセイにしたのだが…。

『星のきれいな夜』
 店に入ったのが11時だったから
 もう電車は走ってないだろう
 タクシー代は持ち合わせてないし
 こうなったら家まで
 歩いて帰ることにしよう

 ここから家まではけっこう距離があって
 休まずに歩いても2時間はかかる
 だけど今日は酒がしこたま入ってるし
 早くて3時間というところだろうか
 足がふらついて目もうつろだ

 そういえばあれはいつだったろうか
 パチンコで有り金全部すってしまい
 今日と同じように歩いて帰ったことがある
 どこかに金は落ちてないかと
 下を向いて歩いていったんだった

 だけど下を向いて帰るなんて
 今日はとても出来そうにない
 ただでさえ気分がよくないんだから
 下を向いて歩いてなんかいたら
 いつか潰れてしまうだろう

 それにしても今日は星がきれいだ
 寒さのせいで空気が澄んでいるんだろう
 こんなきれいな星が見れるなんてこの町も
 まだまだ捨てたもんじゃないと
 感心しながら歩いていく

昔、小倉で飲んで、歩いて家に帰った時の思い出を綴ってみたのが、こういうのならわりとすんなりと書ける。
詩的歌詞を再び書けるようになるまで、この路線でやってみようと思っている。



ただの趣味です

現在オリジナル曲が200曲近くあるのだが、まだ歌詞の付いてない曲や曲として完成してない曲を含めるとその数倍の数はある。
そういう曲をどうやって記録していたのかというと、カセットテープに吹き込んでいた。
ぼくは楽譜が書けないので、それしか方法がなかったわけだ。
ところがテープはすぐに伸びたりカビが生えたりするので、永久保存には向いてない。
現に何本かのテープはダメになった。
これは聞いている時に、テープがヘッドに巻き付いてしまったためである。
すぐにダメになったテープに入っていた曲を思い出しながら録音し直したのだが、元通りになったわけではない。
何曲かは抜けてしまっているのだ。

貴重な記録をこういうことで失うのは実に悔しいものである。
そこでコピーをとっておくことにした。
コピー、つまりダビングである。
そうすれば、仮にダメになっても、もう1本テープがあるから大丈夫だからだ。

しかし、この場合難点がある。
それは、音がかなり劣化してしまうということだ。
記録しているのは、ほとんどが学生時代のもので、その頃録音に使っていた機材はナショナルのラジカセだった。
こればかり敵のように使っていたため、かなり音が悪くなっているのだ。
しかも、カセットテープのお荷物であるヒスノイズ付きである。
それをダビングするのだから、とても聴けたものではない。

「これは困った、テープ以外に何かいい方法はないだろうか?」と探したのだが、カセットテープに変わるものが見つからない。
しかたがないので、ハイファイビデオに収めたりもしたのだが、これとてビデオテープを使用するので、永久保存は出来ない。

そういう時に世に出たのがMDである。
『ディスク』『デジタル録音』、探していたのはこれである。
さっそくぼくはMDの機械を購入し、カセットテープに入っている曲をすべてMDにダビングした。
その時はそれで満足したのだった。

ところがパソコンを始めてからは、録音や再生にパソコンを利用するようになり、そのせいでMDを利用することがなくなった。
カーオーディオもCDオンリーだから、MDは使えないし…。
ということで、MDも無用の長物化してしまったのだ。

そこでそれらの曲すべてを、パソコンにうつし変えることにした。
パソコンに入れておきさえすれば、いろいろ便利である。
何よりも「その曲」が聞きたい時に、すぐに取り出すことが出来るのがいい。
もちろんMDでもそれは出来るのだが、その際まず「その曲」が入っているディスクを探すことから始めなければならない。
その点パソコンは、そういう面倒がない。
保存しているフォルダがわからなくなっても、検索すれば一発で出てくるのだ。

さて、そんな化石化した利用価値のない曲を、時間をかけて何百も保存して、いったい何になるのかというと、とりあえずは何にもならない。
「青春の遺産です」とでも言えば格好もつくのだろうが、そんないいものではない。
ただの趣味である。



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