頑張る40代!

いろんなことに悩む暇があったら、さっさとネタにしてしまおう!

2005年09月

プレーオフ前哨戦

阪神の優勝が決まった。
あとはパ・リーグの優勝を待つばかりである。
昨日そのことで、西武ファンと言い合いになった。
原因は、先週末の西武vsソフトバンクの話になった時にその人が、「あの3連戦は1勝をそちらに譲っただけ。おれの中じゃ3連勝やった」と言ったのを聞き、カチンと来たぼくが、その人に対して意地悪い質問をしたことに始まる。

「今年、もし西武がプレーオフで勝ち抜いて、その勢いで日本シリーズを制したとしたら、やはり日本一と言われるんですかねえ?」
「日本一やん」
「そうですかねえ」
「だって、日本一決定戦やないね」
「おかしいと思いませんか?」
「何でおかしいんかねえ?」
「パリーグで3位じゃないですか」
「パリーグでどうあれ、日本シリーズで勝ったほうが日本一というのがルールやないね」
「それじゃあ、阪神ファンも納得せんでしょう」
「阪神ファンがどう思おうと、勝てば日本一やん」
「西武ファンはそれでもいいんですか?」
「いいよ、それがルールなんやけ」
「心情的にもそうですか?」
「そうよ」

何かと言えば、すぐにルールを持ち出す。
西武の伊東監督も同じようなことを言っていたし、この人はきっと伊東監督と一心同体なのだろう。
西武もいいファンさんを持ったものである。

「だいたいプレーオフという制度がおかしいんですよね」
「おれはそう思わんけど。下位のチームにもチャンスがあるし、第一、消化試合を作らんだけいいやん」
「それは後半戦のことでしょ。前半戦はちゃんと消化試合やっているじゃないですか」
「いや、それはいろいろ事情もあることだし…」
「それに、ホークスとライオンズが逆の立場で、そういうことになったとしたら、同じこと言いますか?」
「言うよ、そういうルールなんやけ」

その後、その人は「ホークスファンは巨人ファンに似てきた」などと言いだした。

「どこが巨人ファンに似てるんですか?」
「勝ちにばかりこだわって、負けたら選手を非難する」
「じゃあ、違うじゃないですか。巨人ファンは負ける原因がわかっているくせに、清原を擁護するじゃないですか」
「‥そりゃそうやけど」
「ホークスファンは自分のチームの選手を非難することはしても、、阪神ファンみたいに相手チームの選手を『殺す』なんてことは言いませんよ」
「ああ、そうやったねえ。金本にデッドボール与えた時に、三瀬が言われたんやったねえ」
「甲子園では三瀬投手は出さんほうがいいでしょうね」
「いや、それは大丈夫」
「えっ?」
「だって、西武が甲子園に行くんやけ」
返す返すも、西武はいいファンさんを持ったものである。



夜中の事故

久しぶりに仏教のことを書いたので、収拾がつかなくなり、ついつい長くなってしまった。
延命十句観音経については後日談もあるのだが、早く終わりたかったので、その部分はカットした。
ということで、後日談は、どうしてもネタが浮かばない時にでも書くことにしよう。

さて、今日の午前2時半頃、うちの近くで事故があった。
ぼくはすでに寝ていたのでわからなかったが、その時けたたましいサイレンが鳴ったと近所のおばさんが言っていた。

まあ、車が電柱にぶつかって、運転していた人が死んだという普通の交通事故だったのだが、これを新聞やテレビで取り上げていた。
テレビに至っては、何と全国ニュースである。
何でそういうことになったかというと、実はこの車は、パトカーに追いかけられていたのだった。
交差点を右折車線からではなく、直進車線から右折したらしく、それを見つけたパトカーがその車を追っていき、「前の車、停車しなさい」と言った。
ところが、その車は停まらずに、そのまま逃走した。
そして、何とかパトカーを巻いたのだが、運悪く電柱に激突。
パトカーがその車を見つけた時は、すでに電柱にぶつかった後だったという。

近所のおばさんからその話を聞いた時は、このへんは暴走車が多いので、ぶつかったのはてっきり若い兄ちゃんだと思っていた。
ところが、ニュースを見てみると、死んだのは40才の男性である。
分別のある立派な中年が、何でこんなことになったのだろうか。

だいたい、右折車線があるのに直進車線で右折したといって、いったい何点減点されるというのか。
おそらくは1点減点か、もしくはお小言をちょうだいするだで終わる程度のことである。
いくらバカでも、運転免許を持てるぐらいの頭を持っているのだから、そのくらいのことは考えたらわかりそうなものだ。
だけど、彼は停まろうとしなかった。

ということは、停まれない事情があったとしか考えられない。
その事情を、ぼくは飲酒だと思っている。
時間が時間だし、充分にあり得ることだからだ。
他にも無免許だったとか、覚醒剤や銃刀を所持していたと考えることも出来るが、酒が一番妥当なところだろう。
確かに30万円以上の罰金は痛い。
逃げたくなるのも人情である。
だが、そう簡単に逃げ切れるものではない。
仮に逃げ切ったとしても、警察のほうはすでに車種やナンバーを控えているはずだから、無駄な抵抗にすぎない。
逃げれば逃げるだけ罪が重くなるだけだ。

ところで、この事故についていくつかの新聞やニュースを見たのだが、どれも「追求は適法な職務行為であった」という警察の言葉で締めくくっている。
しかし、それで終わられると、どうも警察の追求の仕方に問題があるように思えてしまう。
悪いのは、あくまでも死んだ運転手のほうなのである。
どうしてマスコミは、運転手が停まらなかった理由について言及しないのだろうか。



延命十句観音経霊験記(5)

それ以来、ぼくは鬱状態になることはなかった。
おそらくこれからも、そういう状態にはなることはないだろう。
それは、延命十句観音経のおかげで、深く悩みに囚われたり、縛られたりすることがなくなったからである。
というより、悩みを持った時、ぼくはこの経を唱えることにしたのだ。
すると、同じように霊験は現れる。
例のヘソの下が、何かすっきりした気分になるのだ。
そうなるとしめたもので、すでにその悩みは消えているのである。

ある時には知恵をも与えてくれる。
困った問題が起きた時、自分の頭であれこれと考えて解決しようとすると、失敗することが多いものだ。
しかし、いったんこの経にすべてを預けてしまうと、意外なところから解決法が見えてくる。
それがまた絶妙な解決法で、問題のほとんどはそれで解決してしまう。
まさに仏の知恵というものだろう。

よくよく考えてみると、ぼくはこの経と縁があったのだと思う。
きっと鬱状態というのは、その経に入る方便として、仏が与え賜うたものなのだろう。
だからぼくは崩れなかったのだ。
そして、その後も霊験を見続けることが出来たのだ。
今はそれが長いお経でなくてよかった、と感謝するばかりである。
面倒くさがりのぼくのことだから、仮に長いお経だったら、きっとすぐに飽きていたことだろう。
鬱状態から解放されたあとに、一度だけ、観音経(妙法華経観世音菩薩普門品)に挑戦したことがある。
が、「念彼観音力」とか「福寿海無量」といった有名な言葉は覚えたものの、お経自体は覚えられず挫折してしまった。

ところで、冒頭でぼくが唱えることが出来るお経は二つあって、その一つは般若心経だと書いた。
その般若心経は、十句経を覚え鬱状態から脱出した後、そう観音経に挑戦していた頃に、勢いで覚えたものである。
この経も霊験あらたかで、霊障に遭った時にこの経を唱え、何度も救われたことがある。
だがこの経は、それほどぼくとは縁がないように思えるのだ。
なぜなら、このお経を唱えると、いまだにとちってしまうからだ。
やはり、ぼくには延命十句観音経しかないのである。

さて、タイトルにわざわざ『霊験記』などと謳っているので、何らかの奇跡を期待した人もいるかもしれない。
そういう人は、これまでの話を読んで、拍子抜けしたにちがいない。
中には「ただ単に、精神状態が元に戻っただけの話じゃないか」と思っている人もいるだろう。
しかし、はたからどう思われようとも、あの日のぼくにとって、あれは確かに奇跡だったのだ。
今もその思いは強く持っている。
だからこそ信じられるのだ。


 - 延命十句観音経霊験記 完 -



延命十句観音経霊験記(4)

しかし、それで治ったわけではなかった。
その夕方にはまた鬱状態が訪れた。
翌日もそういう状況だった。
それからしばらく、霊験が現れ、また鬱状態が訪れるという、一進一退の状況が続いた。
それでも諦めずに、ぼくは延命十句観音経を唱え続けた。
すると、およそ2週間ほど経ったある日、二度目の霊験が訪れたのだ。

場所は帰りの電車の中だった。
その日は仕事の関係で遅くなってしまい、最終の何本か前の電車で帰ることになった。
ちょうど快速が出たばかりで、ぼくの乗った各駅停車は、乗客がまばらだった。
そのためゆっくり座って帰ることが出来たのだが、あいにくその日は本を忘れてきていて、何もすることがない。
そこで、この時とばかり、目を閉じて静かに口の中でお経を唱えることにした。
そうやって、いくつかの駅を過ぎた時だった。
どこからともなく、ぼくが口の中で唱えているお経が聞こえてきたのだ。

低い男性の声だった。
ぼくは、ハッとして周りを見回した。
しかし、ぼくの周りにはお経を唱えている人はいない。
そこで立ち上がってその車両の隅々まで見回してみたが、しゃべっているのは女性客ばかりで、男性のほとんどは眠っている。
そうやって、ぼくが落ち着きなくキョロキョロやっている間も、そのお経の声は聞こえていたのだった。

その時は気味が悪いと思っていたのだが、家に帰ってよくよく考えてみると、これも霊験なのだという結論に達した。
「ということは、このお経の力が、確実にぼくを回復の方向に向かわせているのだ」
そう思うことにした。

そして、それから10日ほどして、三度目の霊験が現れたのだった。
それは仕事中のことだった。
その日は朝からヘソの下が何かムズムズしていた。
ところが、仕事中にそのムズムズ感は火照りに変わった。
別に下腹に熱が出たわけではなく、ヘソの下のある部分が火照っていただけだ。
そのため、最初は「おかしいな」と思いながらも、気にしないようにしていた。
しかし、午後になっても火照りはおさまらない。
「何か変な病気にでもかかったのかなあ」
と思った時だった。
ぼくはあることに気がついた。
その日は朝から鬱ではないのだ。
「もしかして治ったんかなあ」と思い、あることを試してみた。
ぼくはある悩みに囚われたり、縛られたりして、鬱状態になっていた。
もし治っているとすれば、その悩みに囚われたり、縛られたりすることはない、と思ったわけである。

さっそく悩んでみることにした。
すると、不思議な現象が起きた。
その悩みが、頭の中からストンと例のヘソ下の火照りのところに落ちてきて、燃えてしまったのだ。
燃え尽きた悩みのあとには、燃えかすだけが残っていた。
つまり、悩みという記憶だけが残っているということである。
何度やっても、その都度悩みはヘソの下で燃やされる。
およそ一時間後、ようやく疑い深いぼくの心は、鬱状態から脱出を認めた。
それまでがひどい状態だっただけに、その時の喜びといったらなかった。



延命十句観音経霊験記(3)

その本には、この短いお経を唱えて起きた奇跡の実例が書いてあった。
が、奇跡とはいうものの、何も突飛なことばかり書いているわけではない。
精神的な病から救われたとか、ものの見方が変わって幸福を得たような話も書いてある。
いや、どちらかというと、眉唾物の話より、そちらの方に重点が置かれているような気がする。

そこにはこの経の実践法なども書かれているのだが、このお経の真理を追究しろなどといった難しいことは一つも書いていない。
書いているのは、ただ不断にこの経を唱えろということだけである。

その宗旨が知りたいという人や宗教マニア以外、宗教書を好んで手にする人などほとんどいないだろう。
もしいるとしたら、それはかつてのぼくのように、精神的に追いつめられている人だけではないのだろうか。
そういう人は藁をもつかむ思いでその本を手にしたはずだから、当然物事を論理的に追求する余裕など持ってないだろう。
もちろん、白隠禅師もそれを見越していた。
それゆえに、不断にこの経を唱えろとだけ言ったのだと思う。

とにかく、2ヶ月も鬱状態が続き、いよいよ追いつめられた感のある、ぼくの精神状態である。
それまで自分なりにいろいろ手を尽くしてみたが、改善のきっかけすら見えてこない。
そんな時に、このお経が目の前に現れたのだ。
先に、ページの折れた部分が矢印に見えて、その先にこのお経があったと書いたが、そのこと自体、妙に霊験めいた気がする。
「今はこれを信じるしかない」
そう思うに至ったぼくは、このお経に賭けることにした。
ということで、その日から十句経三昧の生活が始まった。

その翌日、早くも最初の霊験が訪れた。
仕事中にその経を口の中で唱えていると、急に眠くなってきた。
よくある睡魔というものではない。
これ以上目を開けていられない状態になったのだ。
仕方がないので、ぼくは休憩室に行き、少し横になることにした。
目が覚めてみると、頭の中がすっきりしている。
けっこう長く寝たような感じがしていたのだが、時計を見ると、まだ10分ほどしか経過していない。
これで充分だと思い、ぼくはまた仕事場に戻った。
それからしばらくして、あることに気づいた。
精神状態が、鬱ではないのだ。
といって、躁の状態でもない。
以前のような、普通の精神状態に戻っているのだ。

ちょっと寝たことがよかったのだろう。
そのことがあって、「もしかしたら、ぼくの鬱状態というのは、多分に寝不足が影響しているのではないか」と、ぼくはその時思った。
「きっと、十句経を唱えたことで、本来の自分が目覚め、その時点で一番必要なことをぼくにさせたのだ」
そう思うことにした。



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