頑張る40代!

いろんなことに悩む暇があったら、さっさとネタにしてしまおう!

2002年12月

大晦日

1977年12月31日、その日ぼくは、3ヶ月後に東京に出るなどとは、みじんにも思ってなかった。
「さて、来年はどうなるかなあ」と、人ごとのように来る年を占っていたのだ。
年が明け、正月が過ぎ、母は「今後どうするのか?」と聞くようになった。
最初は「考えよる」と答えていたのだが、その後そのことをしつこく言われるようになった。
3月のある日、いつものように母が「今後どうするのか?」と聞いてきたので、思わず「東京に行く」と答えた。
「じゃあ、東京に行け」ということになってしまった。
翌月、ぼくは東京に出た。
考えてみると、衝動がぼくの人生を作ったといえる。

あれから25年経ったわけだが、相変わらずぼくは「さて、来年はどうなるかなあ」と、人ごとのように来る年を占っている。
年齢と周りの環境と立場が少し変わっただけで、ぼくの本質は、あの頃と全く変わってないのである。

ところで、東京に出て何かいいことがあったのかというと、まったくなかった。
強いてあげれば、『ショートホープブルース』が出来たことくらいだろうか。
あの歌を作った頃は無敵だった。
「この歌で、今までふられ続けてきた音楽業界に殴り込みをかける」と意気込んだものである。
しかし、それも自己満足に過ぎなかった。
そういうものを生活に結びつけるなどということは、夢のまた夢である、とわかったのはずっと後のこと。。
幾たびの詩の投稿や、歌のオーディションを通して、ぼくは自分が大した才能や運を持っている人間ではないということを覚ってからのことだった。

それ以来、ぼくは夢を忘れた日々を送っている。
さて、来る年はどういう年になるのか。

と、今年最後の日記をまとめたところで、一句。
「すす払い 出てくるものは ゴミとグチ」
来年もよろしく。



数字

中学か高校の時だったが、ラジオの深夜放送を聴いていると、突然変な放送が入ってきた。
それが何語かはわからないが、何かを話しているものではなく、ある単語を区切って読んでいるだけのものというのはわかった。
その頃は、その放送を語学教室か何かと思っていた。
しかし、抑揚のない、無表情な女性の声だったので、妙に不気味に感じたのを覚えている。
それが何だったのかわからないまま、30年の時が過ぎた。

ところが今日、何気なく見ていたテレビで、あれが何だったのかがわかったのだ。
それは、北朝鮮関連の番組だった。
その中で、暗号放送の話があった。
その番組を見た人は知っていると思うが、暗号放送とは、北朝鮮の特異なラジオ放送のことで、朝鮮語の数字を読み上げる放送である。
実際にその放送を流していたが、それこそが、ぼくが30年前に聞いた放送だった。
それは、工作員への指令だと言う。
この指令の下、工作員は日本人を拉致していたらしい。
ということは、ぼくがその放送を聞いた数日後に、拉致が行われたということになる。

その番組を見ながら「ふーん、あれは朝鮮語の数字だったのか」と思っていた時、ふと数字のことで思い出したことがあった。
前の会社にいた時のことである。
ある取引先の営業マンが辞めた。
その営業マンは、いつも上司から「数字、数字」と言って詰められていたらしい。
朝礼ではいつも「数字を作れ」と言われ、成績が悪いと「その理由を数字で答えろ」と言われ、何か企画を立てると「数字で説明しろ」と言われる。
それが毎日なので、そのうちその人は数字ノイローゼになってしまった。
それからしばらくして辞めたのだが、退職届には「退職します」といったことは一行も書かれておらず、ただ意味のない数字が羅列してあったという。

その話を聞いて、ぼくは深くうなずくところがあった。
当時、ぼくも同じように数字に悩まされていたからである。
企業というものは、数字に関しては、決して「昨年並みでいいよ」とは言わない。
それが無理なことだとわかっていても、決まって昨年より上の数字を求めるものである。
そのために営業は苦労する。
無駄な会議が多くなる。
帰宅時間が遅くなる。
休日出勤が多くなる。
当然体調が悪くなる。
情緒不安定になる。
仕事が嫌になる。
それでも、企業は数字を追求する。

それが元で、いろいろな障害が起きるようになる。
1,退職する
ぼくの場合がそうだった。
2,病気になる
前の会社にいた時は、入院する人が多かった。
中には死に至った人もいる。
さすがにその時は会社側も非を認めて殉職扱いにしたが、相変わらず同じことをやっていると聞く。
3,家庭が崩壊する
家にいないことが多いため、奥さんが切れて、離婚に至るケースである。
社内結婚で、奥さんが仕事の内容を知っている場合は理解もするだろうが、仮に奥さんが定時に帰るような仕事に就いていた場合に、こういうことが起こる。
二三、こういうケースの人がいた。
4,不正に走る
数字ほしさに、架空の売り上げをたてるようになる。
逆に架空の売り上げ扱いにして、売上金に手を付ける者もいた。
5,借金を重ねる
販売業に就いていると、どうしても自分で買わざるを得なくなることがある。
本当にその商品が欲しいのなら問題はないが、そのほとんどが必要のない商品である。
それをうまく転売出来る人はいいが、そういうことが苦手な人は借金地獄に陥ることがままある。
まあ、以上のようなことであるが、これらすべて数字の害である。

数字を追求することが悪いとは言わない。
数字があってこそ、企業は発展するのだから。
では、なぜこんな障害が出てくるのだろうか。
それは、数字に振り回されているからだ。
数字というのは酒と同じである。
ほどよく付き合っていくのが最良で、溺れてはいけない。
溺れると、数字しか見えないようになる。
上司に数字に溺れた人がいると、下の者は地獄である。
いつも数字にビクついていなくてはならない。
その結果、今日できないことを、無理矢理繕おうするようになる。
だから、こういう障害に至るのだ。
数字を生かすということは、人間を殺すことである。
そのことを心に銘記して下さいよ。ね!



来年の関心事や目標について2

ぼくは昔から自分の目標や夢を、あまり人に語ったことがない。
高校2年の時、担任から「○○はバイクに情熱をかけとるが、バイクが良い悪いは別として、打ち込むものがあることはいいことだと思う。ところで、しんたはそういう情熱をかける夢や目標を持っとるんか?」と聞かれたことがある。
ぼくは「別に」と答えておいた。
もちろんその頃の夢は、ミュージシャンである。
でも、そういうことを担任に言っても、どうなるものでもない。
担任はその時からぼくを、やる気のない人間と決めつけた。

東京から帰ってきて、しばらく出版社に勤めていたことがある。
ある時、上司から「君は何を目標に生きてきたのか?」という質問を受けた。
最初は何も答えなかったのだが、あまりしつこく聞くので、「ミュージシャンを目標に・・」と答えた。
ところが、その上司は突然声を荒げ、「そんなガキみたいなことを言ってるから、すべてにチャランポランなんだ」とぼくを非難した。
「この男とは合わん」と思ったぼくは、2日後にそこを辞めた。
おそらく、ぼくが辞めた理由を知っている者はいなかっただろう。
まあ、言ってもわかるような連中ではなかった。

それ以来、ぼくはよほど親しい人以外には、自分の目標や夢を語ったことはない。
ぼくの目標や夢を知らないから、当然ぼくの趣味や特技なども知らない。
たまに友人の結婚式などで、ぼくが弾き語りでオリジナルをやると、みなあ然とした顔をする。
後から決まって「人は見かけによらんもんやね」と言われるが、その人たちが知らないだけの話である。
親しい人は知っているのだ。

さて、本題の「来年の目標は?」であるが、今まで話してきたとおり、ぼくは今までそういうことを語った経験がないので、こういうことに答えるのには少し抵抗がある。
しかし、タイトルに「来年の目標」と銘打った以上、目標を掲げなくてはならないだろう。

実は、ぼくの来年の目標は、手前味噌で申し訳ないが、『空を翔べ!』である。
いよいよ運命の年だと直感したのである。
かと言って、何をするのかはわからない。
もしかしたら、音楽をやっているかもしれない。
もしかしたら、物書きになっているかもしれない。
そのために、会社を辞めるのかもしれない。
本当に何をするのかはわからない。
しかし、2003年という年が、ぼくの今後20年を占う年になるのは確かだ。
おそらく、運命はその方向にぼくを向かわせるだろう。
だから、ぼくもそういう心構えでいようと思う。


  <空を翔べ!>

 漠然と思い浮かべてた 大切な一日が
 今日風に乗って おれのもとにやって来た
 空には大きな雲が 
 雨はおれを叩きつける
 悪いことを考えている 
 出来るんだ
 空を翔べ!

 運命の一日だと 誰かが言った
 おれの人生は今日に かかっているんだ
 今までやってきたことは
 すべて正しいと信じるんだ
 けして逃げ出してはいけない
 前を向け
 空を翔べ!

 今日がうまくいけば 何が始まるんだろう?
 そんなことが頭の中を ぐるぐると回っている
 時間は刻々と迫っている
 おれの出番は間近だ
 大丈夫だ
 空を翔べ!

 幼い頃から 今日という一日が
 どんなに大切な日か わかっていたんだ
 弱虫なんか吹き飛ばせ
 過去のことは忘れてしまえ
 将来(さき)のことは考えるな
 行け、チャンスだ
 空を翔べ!



来年の関心事や目標について

どうもいかん。
鼻は詰まるし、咳き込むし。
多少熱も出ているだろう。
朝からこんな調子で、一日ヒーヒー言いながら仕事をしていた。
おまけに、今日の入荷数は半端じゃなかった。
おそらく、年間最多の入荷数だったと思う。
個数にして、1000個近くあったのではないだろうか。
それを午前中は一人、午後からは二人、夕方からまた一人で荷出しをやっていた。
さすがに明日の入荷はないだろう。
いや、そう願いたいものだ。

さて、今日は来年の関心事や目標について書こうと思っている。

まず、関心事だが、なんと言っても北朝鮮である。
今日、舛添要一が地元のテレビ番組に出ていたのだが、3月ぐらいに一波乱ありそうだと言っていた。
2月でイラクが終わり、いよいよ米軍が北朝鮮攻撃を始めるということだが、その理由として、舛添は「在日米軍をイラクに向けて動かしてないでしょう」と言う。
ところで、もしそうなった時、日本はどう出るのか。
攻撃に加わるのか。
もしくは後方支援をするのか。
ぼくとしては、米軍が動くことよりも、北朝鮮が叩かれることよりも、日本の動きに関心がある。
果たして自衛隊は動くのか?
国軍復活が有り得るのか?
それによって、近隣諸国との関係はどう変わるのか?
また、靖国参拝はどうなるのか?
大いに興味を引かれるところである。

また、北朝鮮に関しては、金政権がどうなるのか、というのも大きな関心事である。
クーデターが来年にも起こるのだろうか。
今年も北朝鮮関連の本をかなり読んだのだが、どの本にも「将軍様はチビ(シークレットブーツを履いているという)で、デブ(糖尿らしい)で、我が儘で、気まぐれで、気が小さく臆病で、そのくせ見栄っ張りで、もはや救いがたい、人間の屑のような御仁である」と書いてある。
なぜ、そういう人を朝鮮人民は放っておくのだろうか?
だいたい、軍隊というのは国を守るものであるが、あの国の軍隊は将軍様を守るものらしい。
人間の屑を守ってどうするのだろうか。
それで暮らしが良くなるとでも思っているのだろうか。
さっさとクーデターを起こして、北朝鮮人民全員が韓国に亡命すればいいのだ。

ところで、仮に将軍様の目標である、北主導による統一が実現した時のことを考えてみると、空恐ろしいものがある。
1,流行歌が変わる。
例えば『釜山港へ帰れ』は、「トラワヨー、プーサンハンへー、会いたい将軍様」となるだろう。
『黄色いシャツ』は、「黄色いシャツ着た、親愛なる将軍様」だ。
2,関釜フェリーはいつも座礁するだろう。
おかげで玄界灘はいつも重油が浮かんでいることになる。
そうなると、明太子の色が黒くなる。
岩のりと同じ色の明太子なんか食いたくないわい。
3,餓死者が何倍にも膨らむだろう。
これは現実味を帯びている。
北主導の統一を許してはいけない理由がここにある。
将軍様は、思想や芸術の天才かもしれないが、経済に関してはアホ以下であるのだから。

ああ、いらんことを書きすぎて、来年の目標を書く時間がなくなってきた。
ということで、続きは明日。



今年最後の休み

今日は今年最後の休みだった。
金曜日は商品の入荷日なので、いちおう午前中は出勤した。
昨日からの風邪が治らず、少し熱が出たので、早く終わらして帰ろうと思っていた。
ところが、いつもはケースに入れてくる商品が、今日に限って段ボール箱にしっかり梱包されていたせいで、箱を開けるのに手間取ってしまい、思うように仕事が進まなかった。
それでも、なんとか11時前には会社を出ることが出来た。

今日は、帰る際に楽しみにしていることがあった。
本屋に予約しておいた『20世紀少年』の11巻と、『正論』の2月号を取りに行くことだ。
仕事が終わったぼくは、さっそく車を出し、本屋に向かった。
が、さすが年末である。
全く車が進まない。
本屋がある黒崎に着くまでは、普段は10分足らずで着く。
ところが、この渋滞で30分を要してしまった。
おまけに駐車場はどこも満車で、止めるところを探すのに一苦労である。
おかげで、本屋を出たのは12時前になっていた。

午後からは、おとなしく寝ていようと思っていた。
が、そうもいかなかった。
買い置きの灯油があと一缶になっていたのだ。
いつもなら「次の休みに」ということになるのだが、次の休みは元日である。
おそらく開いているところもないだろうと思い、今日買いに行くことになった。
一端家に帰ってから、再び外に出るというのは辛いものがある。
おまけに外は寒いときている。
最近皿倉山にスノーボード場がオープンしたのだが、ぼくの部屋の窓からその雪が見える。
それが寒さを助長する。
朝はスタジャンを羽織って行ったが、その時はダウンジャケットに着替えて行った。

やっと落ち着いたのは、午後2時を過ぎてからだった。
蓮池さんの記者会見を見、こちらで再放送をやっている『キッズ・ウォー3』を見たあと、今日買った『20世紀少年』を読んだ。
そして、そのまま眠ってしまった。
しかし、体の節々が痛く、熟睡は出来なかった。

7時に目がさめたのだが、何となく頭が痛い。
「さあ、日記の下書きでもしようか」と思い、パソコンの電源を入れた。
が、何を書いていいのかわからない。
相変わらず、タイトルのところに『履歴書』なんて書いている有様だ。
仕方がないので、何かネタを仕入れようと、『正論』をめくっていたのだが、なぜか活字が目に痛い。
で、また寝てしまう。

気がつけば、28日になっている。
あと8時間後には、会社に出勤しなければならない。
うんざりする。

今年最後の休みは、こんな一日だった。



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