最近、『Eメール暦全書』というメールマガジンをとっている。
翌日の暦を教えてくれるメルマガで、毎日お昼ごろ届く。
なぜそのメルマガをとっているかというと、二十四節気と旧暦を知りたかったからである。
だいたい、日本の季節というのは二十四節気通りに動いている。
体験的に1年を通して、一番寒いと感じるのは1月20日前後である。
そう、ちょうどその頃が「大寒」である。
そのことを知ってから、ぼくは二十四節気に興味を持つようになった。
二十四節気を知ってから、ぼくは本当の意味での季節がわかるようになった。
旧暦に興味を持ったのは他でもない。
月の満ち欠けを知りたかったからである。
40歳を越えた頃から、ぼくは星を見るのが好きになった。
その星の鑑賞を邪魔するのが月である。
星がきれいに見えるのは、月が出てないときである。
そのためにぼくは月齢付きのG-SHOCKを買ったのだが、時計をしているとかぶれてしまうので時計を腕にするのをやめてしまった。
だいたい、月の満ち欠けというのは新聞を見ればわかることなのだが、毎日それを見るのも面倒だ。
そこで思いついたのが旧暦だった。
旧暦だと1日が新月、3日が三日月、15日が満月になる。
こんな便利な暦を、どうして使わなくなったのだろう。
これだと、山で遭難しても、海で漂流しても、だいたいの日付がわかるじゃないか。
日本の文化というのは、いまだに旧暦が根強く残っている。
芭蕉に『五月雨を 集めて早し 最上川』という句があるが、これを現在の太陽暦に当てはめると、『集めて早し』が全然生きてこない。
梅雨時期(今の6~7月にかけて)の雨だから生きる句である。
七夕もそうである。
生まれてこの方、7月7日に晴れていたという記憶がない。
太陽暦の7月7日は、日本では梅雨の真っ盛りである。
「織姫と彦星は今年も会えなかった」と、小学生の頃いつも思っていたものだった。
しかし、これも旧暦なら合点がいく。
太陽暦だと、七夕は8月の中旬にあたる。
歳時記でいえば、「夜の秋」というのが妥当な時分か。
月は半月、台風さえ来なければ、星の見ごろである。
旧暦に戻そうという声が、最近あちらこちらで聞かれはじめている、と何かの本で読んだことがある。
ぼくもそうなればいいと思う一人である。
翌日の暦を教えてくれるメルマガで、毎日お昼ごろ届く。
なぜそのメルマガをとっているかというと、二十四節気と旧暦を知りたかったからである。
だいたい、日本の季節というのは二十四節気通りに動いている。
体験的に1年を通して、一番寒いと感じるのは1月20日前後である。
そう、ちょうどその頃が「大寒」である。
そのことを知ってから、ぼくは二十四節気に興味を持つようになった。
二十四節気を知ってから、ぼくは本当の意味での季節がわかるようになった。
旧暦に興味を持ったのは他でもない。
月の満ち欠けを知りたかったからである。
40歳を越えた頃から、ぼくは星を見るのが好きになった。
その星の鑑賞を邪魔するのが月である。
星がきれいに見えるのは、月が出てないときである。
そのためにぼくは月齢付きのG-SHOCKを買ったのだが、時計をしているとかぶれてしまうので時計を腕にするのをやめてしまった。
だいたい、月の満ち欠けというのは新聞を見ればわかることなのだが、毎日それを見るのも面倒だ。
そこで思いついたのが旧暦だった。
旧暦だと1日が新月、3日が三日月、15日が満月になる。
こんな便利な暦を、どうして使わなくなったのだろう。
これだと、山で遭難しても、海で漂流しても、だいたいの日付がわかるじゃないか。
日本の文化というのは、いまだに旧暦が根強く残っている。
芭蕉に『五月雨を 集めて早し 最上川』という句があるが、これを現在の太陽暦に当てはめると、『集めて早し』が全然生きてこない。
梅雨時期(今の6~7月にかけて)の雨だから生きる句である。
七夕もそうである。
生まれてこの方、7月7日に晴れていたという記憶がない。
太陽暦の7月7日は、日本では梅雨の真っ盛りである。
「織姫と彦星は今年も会えなかった」と、小学生の頃いつも思っていたものだった。
しかし、これも旧暦なら合点がいく。
太陽暦だと、七夕は8月の中旬にあたる。
歳時記でいえば、「夜の秋」というのが妥当な時分か。
月は半月、台風さえ来なければ、星の見ごろである。
旧暦に戻そうという声が、最近あちらこちらで聞かれはじめている、と何かの本で読んだことがある。
ぼくもそうなればいいと思う一人である。