一昨日、独り言に登場しているオナカ君が職場にやってきた。
「おお、オナカやないか。読んだか?」
「あ、何を?」
「独り言」
「独り言ちゃ何か?」
「読んでないんか?せっかくメッセージ書いとったのに」
「お前またくだらんこと書いとったんやろう」
ということで、オナカ君は独り言の件で来たのではなかった。
オナカ君はビニール袋を差し出し、「これ、お前にやる」と言った。
中を見てみると、一冊の本と二本のビデオテープが入っていた。
一冊の本というのは、「狂牛病パニック」という狂牛病についての本だった。
「なんかこれ?」
「狂牛病のことを日記に書いたらいいと思って」
何?読書感想文を書けとな!?
ぼくに読書感想文を書かせるとは、オナカ君もいい根性しとるのう。
自慢ではないが、生まれてこの方、ぼくは読書感想文を書いたことがない。
読書感想文の宿題などが出ても、ぼくが書いていたのは「あらすじ」だった。
初めて読書感想文を書けと言われた時に、先生が読書感想文の説明をしていた。
しかし、ぼくはその説明を聞いてなかった。
隣の席のやつに「読書感想文ちゃなんか?」と聞くと、「あらすじのことたい」とそいつは自信たっぷりに答えた。
「そうか、それなら簡単!」と、あらすじをしっかり書いて提出した。
ところが、感想文の発表を聞いて愕然とした。
みんな「○○さんの勇気ある行動に感動しました」とか、「ぼくならこういう時どうするだろうか、と考えさせられました」などと書いている。
「これ、あらすじやないやないか!」
結局、その時あらすじを書いていたのは、ぼくと隣の席のやつの二人だけだった。
あとで他の人に聞いてみると、先生はあの時「決してあらすじを書くことのないように」と言っていたらしい。
このことがあって、ぼくは読書感想文が大の苦手になった。
読書感想文を書けと言われたら、まずあらすじを長々と書いて、最後に「大変感動したので、もう一度読みたいと思います」で締めくくるようになった。
そのうち、読書感想文の宿題は一切提出しないようになった。
高校の時も、読書感想文を書かなかったために、危うく追試を受けそうになったことがある。
しかし、どういうわけか古文・漢文がよかったので救われた。
古文・漢文に読書感想文なんてないもんね。
それにしても、もしあの時、先生の言うことをちゃんと聞いて、まともな読書感想文を書いていたら、おそらく今日の日記は「狂牛病とは・・・で、したがって・・・と思われるが、ぼくとしては・・・である」というような文章になっていただろう。
ところで、オナカ君のこの本を読んだ感想は、「狂牛病にかかった牛の肉を食べても大したことはない。気にするな!」だった。
別にぼくは気にしてはいない。
「おお、オナカやないか。読んだか?」
「あ、何を?」
「独り言」
「独り言ちゃ何か?」
「読んでないんか?せっかくメッセージ書いとったのに」
「お前またくだらんこと書いとったんやろう」
ということで、オナカ君は独り言の件で来たのではなかった。
オナカ君はビニール袋を差し出し、「これ、お前にやる」と言った。
中を見てみると、一冊の本と二本のビデオテープが入っていた。
一冊の本というのは、「狂牛病パニック」という狂牛病についての本だった。
「なんかこれ?」
「狂牛病のことを日記に書いたらいいと思って」
何?読書感想文を書けとな!?
ぼくに読書感想文を書かせるとは、オナカ君もいい根性しとるのう。
自慢ではないが、生まれてこの方、ぼくは読書感想文を書いたことがない。
読書感想文の宿題などが出ても、ぼくが書いていたのは「あらすじ」だった。
初めて読書感想文を書けと言われた時に、先生が読書感想文の説明をしていた。
しかし、ぼくはその説明を聞いてなかった。
隣の席のやつに「読書感想文ちゃなんか?」と聞くと、「あらすじのことたい」とそいつは自信たっぷりに答えた。
「そうか、それなら簡単!」と、あらすじをしっかり書いて提出した。
ところが、感想文の発表を聞いて愕然とした。
みんな「○○さんの勇気ある行動に感動しました」とか、「ぼくならこういう時どうするだろうか、と考えさせられました」などと書いている。
「これ、あらすじやないやないか!」
結局、その時あらすじを書いていたのは、ぼくと隣の席のやつの二人だけだった。
あとで他の人に聞いてみると、先生はあの時「決してあらすじを書くことのないように」と言っていたらしい。
このことがあって、ぼくは読書感想文が大の苦手になった。
読書感想文を書けと言われたら、まずあらすじを長々と書いて、最後に「大変感動したので、もう一度読みたいと思います」で締めくくるようになった。
そのうち、読書感想文の宿題は一切提出しないようになった。
高校の時も、読書感想文を書かなかったために、危うく追試を受けそうになったことがある。
しかし、どういうわけか古文・漢文がよかったので救われた。
古文・漢文に読書感想文なんてないもんね。
それにしても、もしあの時、先生の言うことをちゃんと聞いて、まともな読書感想文を書いていたら、おそらく今日の日記は「狂牛病とは・・・で、したがって・・・と思われるが、ぼくとしては・・・である」というような文章になっていただろう。
ところで、オナカ君のこの本を読んだ感想は、「狂牛病にかかった牛の肉を食べても大したことはない。気にするな!」だった。
別にぼくは気にしてはいない。